image

巡り合わせの愛

 第二の性と呼ばれるバース性は以前は差別にもなっていたが、今ではすっかりただの個性となっている。天人の抑制剤などのお陰でバース性が原因の性犯罪も少なくすむようになっていた。
 もちろん就職でバース性自体が不利になることはない。しかし真選組においては隊長格は軒並みアルファの人間だったし、危険の多い一番隊の隊員たちもアルファが多かった。ただしそれは結果としてそうなってしまっているだけでアルファを優遇しているというわけでもない。真選組は実力がものを言う世界だし、命の前では誰もが平等だ。そもそも全てを取りまとめている大将である近藤勲はベータだった。
 土方の定めた「他人のバース性を無理に聞き出してはいけない」という局中法度によって誰がどの性なのかは基本的には公表すらされていない。
 しかしあふれ出るオーラによってついあの人はアルファだ、みたいな話をするのは平隊員の中ではよくあることだ。血液型診断くらいの軽い暇つぶし。原田隊長もアルファだろ、いやそうじゃない。そんな会話に花を咲かせながら、満場一致でアルファだと名が上がる人物はいつだって二人しかいない。
 副長である土方十四郎と、一番隊隊長の沖田総悟である。
巡り合わせの愛

 真選組幹部が出会った武州は田舎だった。突出したアルファは大体上京してしまうため身近に感じていないのか、ほとんどバースの話などでない。バースに対する知識もろくに持たないため、剣の才能を開花させた総悟にかわるがわる「もしかしたら総悟はアルファなのかもな」と無責任に声をかけていた。それが後に呪いの言葉となるなんて思いもせずに、悪意なく降り積もっていったのだ。

 全ての始まりは沖田が十五のとき、二週間の休みが欲しいと言ってきたところから始まった。
「武州にでも帰るのか?」
 一応有休制度はあるが沖田はシフト休み以外で取得することがそこまでなかった。まとまって欲しいともなるとそれくらいしか思い当たらなかった。
「ええまぁそんなところでさぁ」
「上が有休消化しないと下も取りにくいしな。いいぜ、代理の調整もあるから今すぐは難しいが……来月でもいいか?」
「まとまって休めるならそれでかまいやせん」
 話は一旦そこで終わったはずだった。そんな話をした翌日に沖田の姉から差し入れの激辛せんべいと手紙が届くまでは。
「珍しいですね、副長宛てもありますよ」
 荷物を仕分けていた山崎が沖田への手紙とは別に封がされた土方宛ての手紙を差し出した。
「恋文ですか?」
「んなわけねーよ」
 そう言って山崎の頭を叩いたが、それ以外の理由など思いあたらなかった。罵りの言葉か、甘い言葉か、それとも弟には言えない困りごとなのか。
 最後のケースが濃厚で不安に駆られて土方は慌てて自室へと戻った。震える手で開封するといつもより急いた様子の字が現れ、予想が的中してしまったことを物語る。

 ――そーちゃんが決めたことなら同意書を書くのも仕方がないけど、十四郎さんにも伝えていないのだと思い筆をとりました。

 ミツバからの手紙は直接的なことは何も書かれていなかった。弟と話をして欲しい、できれば弟を止めて欲しい。そんなことが書かれている。
 今まで一度も取ると言われなかった有休の話が思い浮かび、土方の中で線で繋がってくる。
「同意書ってなんだよ……」
 仰々しい単語に嫌な予感だけが積み重なっていく。土方は手紙を懐にしまって立ち上がる。
 隣にある沖田の部屋を断りなく開けると沖田が目を丸くして土方の方を見た。
「嘘までついて二週間も何するつもりだったんだ」
 前置きもなくそう言った土方だったが、頭の回転の速い沖田はすぐに「バレやしたか」と返事をした。武州に帰るのは嘘だったのだ。
「別に女と旅行でも、俺を貶めるための作戦会議でも止めやしねェよ。ただ誰とどこに行くかは教えてくれ」
 沖田は諦めて引き出しから一枚の紙を出してきた。土方にも見覚えのあるフォーマットのその紙は、先日真選組全体で行った健康診断の結果だった。
 健診結果は本人用と所属組織用の二枚があり、土方は組織用のものは全員分一通り目を通していた。ここだけの話沖田に関しては病弱な姉のこともあり真っ先に確認した。なので沖田の結果が問題なく、健康であることは知っているのだ。
「それならもう見てる」
「まっまっま、ここを見てくだせェ」
 沖田が指差したのは血液型の横の欄。あまりにもプライベートな部分のため組織用の結果には書かれていない項目だった。
「バース性、オメガ……?」
 俄には信じられず思わず名前の欄と交互に二度見した。沖田総悟と書かれた紙を前にしてそれでも信じられない気持ちでいっぱいだった。
「まだヒートが来てないんで実感はねェんですが、そういうことでさァ」
「ちょっと待て……この話、休みと関係あるんだよな?」
 土方は嫌な予感がして全身が緊張状態になる。
「へぃ、オメガでも卵巣ってやつを取っちまえばヒートが来ないらしいんですよ」
 なんでもないことのように沖田が言った。内視鏡の手術で危険もそこまでない。入院は数日だがホルモンバランスの急激な変化で二週間ほどは体調が悪くなる。そして未成年のため保護者の同意書が必要だったことなどを説明していく。でも正直そんなことは土方にとってどうでもよかった。
「それはオメェ、将来的に妊娠できないってことだろ」
「まあ予定もねぇですし」
「未成年に予定があってたまるかよ!」
「前の方は関係ないんで女相手ならガキも作れやすぜ。予定はねぇですけど」
「……運命の番が男だったらどうすんだよ」
 沖田は堪えきれず吹き出して笑った。
「あり? 土方さん運命の番とか信じてるんですねィ」
 よっぽど面白かったのか珍しくカラカラと笑う沖田に土方はテメェの話なんだぞと不快な気持ちになった。
 苛立ちを察知したようで沖田はスッと真面目な顔に戻って仕事の報告のように告げる。
「今二週間休めば、ヒートのたった二回分の休みですみやすぜ」
「なんでお買い得みたいに言うんだよ、全然お得じゃねぇんだわそれ」
 沖田の気遣いは完全に空回りしてしまっている。そんなところに配慮は必要ないんだと、どうやったら伝わるのか土方にはわからない。わからないので言うことを聞かせられるカードを切るしかなかった。
「ダメだ……どうしても手術するってんなら近藤さんにも話を通す」
「近藤さんには言わないでくだせェ!!」
 案の定沖田は血相を変えて土方に縋り付く。ふわりと香る心地よい匂いで、なるほどこれはオメガ特有のフェロモンだったのかと心の中で納得した。同じ屯所のシャンプーなはずなのに妙に良い匂いがすると思ったことが何度かあった。
 まだヒートを迎えていないというからこの程度で済んでいるのであって、この先が心配ではある。
「まずは手術しないでどうにかする方法を試す。それでもダメだったり……ハタチ越えても気持ちが変わらなかったらその時は同意書でもなんでも書いてやるよ」
「ハタチ越えたらサイン要らないんですけど……まあわかりやした」
 近藤に告げられるのは相当嫌なのか先程までの抵抗が嘘のように沖田は頷いた。
「……手術のことはともかく、近藤さんにオメガのことも言わないでいいのか」
 良いか悪いかでいうと言った方が絶対良いに決まっている。それは土方もわかってはいるが、沖田を納得させる切り札に使ってしまった以上土方からは告げることができない。
 沖田に内密にと前置いた上でこっそり教えることもできなくはないが、近藤は隠し事が壊滅的に下手だった。
「絶対嫌です。心配かけたくねェし……近藤さんは俺のことアルファだって期待してたんです。がっかりさせて、武州に帰されるかもしれねェ」
「……近藤さんはそういう人じゃないのはお前がよく知ってるだろ」
 土方がそう言うと、沖田は泣きそうな顔で笑った。そうされてしまうと土方はもう何も言うことはできない。沖田は信じてる信じていないではなく怖いのだ。それはそうだ。突然思ってもいなかったことを突きつけられて、混乱もするだろう。
 しばらく無言が続いたあと、「そういえば」と沖田が小さい声で問いかける。
「土方さんはなんだったんです? バース性」
「俺は……アルファだったよ」
「へぇ、よかったですね」
 なんの感情もなく沖田はただそう言った。確かによかったはずだ。だが土方にとって自分より沖田がそうであればよかったのにという、誰にもどうすることもできない気持ちでいっぱいだった。

 まずは沖田がかかったと言うオメガの専門病院に土方が同行すると、医者は明らかにほっとした様子を見せた。未成年に卵巣摘出手術を勧めるとはどんな医者だと思っていたが、この分では沖田が無理を言って話を進めたことが窺える。
「来て頂けて本当によかったです。ご家族は遠方だと聞いてはおりましたが更年期障害などのリスクもありますし、なにより生涯にかかわることでしたので」
 そう言って頭を下げた医者の言葉に眉を寄せる。
「聞いてねぇぞ総悟」
「……すいやせん」
 なんの危険性もない手術だと沖田は確かにそう説明していたのだ。結果的にはそれでも反対したが、今の話を聞いていたら反対以外の答えが出ないことを沖田はわかっていて伏せたのだろう。
 手術以外の方法を問えばフェロモンを完全に抑える天人由来の強めの薬と、発情周期をコントロールできるピルがあると言う。副作用はどちらもそこそこ可能性があって、沖田の身体に合うかはわからないとのことだ。
 だが副作用の支障が出なければ周期さえ気をつけて生活すれば普段はただのベータと変わりなく過ごせるという。
 二人はこの方法を試すことにした。最初のヒートだけはいつくるのか分からずコントロールが効かなかったが定期的に病院で予兆があるか確認して貰って対応した。
 それから沖田はヒートの時期に入ると専門の施設に入ることになった。お偉い方も利用している施設で、オメガに取って最適な設備があるだけでなくプライバシーも徹底している場所だった。
 その分料金も高く、姉への仕送りをしている沖田は払えないと嫌がったが必要経費なのだと土方が支払うことで一旦は決着した。
「今はわかってるのがお前だけだが、そのうちオメガも増えるかもしれねぇだろ。その時に前例があった方がいいに決まってる」
 そんなことがあればゆくゆくは手当てが出るよう調整したいとそういう気持ちもあった。沖田の努力をなんらかの形にしたかった。

 ◇

 発覚から三年の月日が流れた。ヒートのたびに一週間、極秘任務だと言って沖田は施設に通っていたが幸いにも特殊な組織のためバレるようなことはなかった。
 沖田のずば抜けた剣の腕でオメガだと疑う余地を与えなかったのも大きい。
 ちょうど三ヶ月周期のヒートが今日からだったため、昨日から沖田はまた施設に移っている。
「いつものことだが総悟が居ないと静かだな……」
 三年もこの生活を続けたせいで気が緩んでいたとしか言いようがない。土方はうっかり近藤の前でギリギリの呟きをしてしまった。
「前から気になってたんだけど総悟ってさ、本当に任務なの? なんで俺に詳細教えてくれないの?」
 案の定近藤は食いついてきてしまった。土方は一瞬近藤にヒートのことがバレたのかと身構えた。しかし前に近藤に秘密で煉獄関で騒ぎを起こしたことに近いことをしていないか疑っている様子だった。
「近藤さんはすぐ顔にでるから言えねぇんだよ」
 これは嘘ではない。彼が隠しごとができる性格なら告げてしまいたいと思ったことがこの三年でしょっちゅうあった。沖田の抱える秘密はあまりにも大きすぎて、土方一人でフォローするのも楽ではないのだ。
 何よりずっと三人で悪友をやっているのに一人だけ秘密にしておくのは後ろめたかった。
 話は一旦そこで終わったのだが、近藤が話題を変えてまた爆弾を落としてきた。
「そういえば総悟ってさぁ、やっぱりアルファなのかな?」
 鈍いフリをして本当は気がついているのではないかと言うタイミングだった。土方はカマをかけられているかどうかを探って会話を続けたが、近藤はただの恋バナをしたかっただけだった。
「アルファだったらオメガの番ができたりするのかな?」
 土方が結婚しない主義だというのは近藤も知っているので矛先が沖田に向かっていた。
「俺とお妙さんとの子と、総悟の子が結婚したら親戚になれるじゃん?」
 近藤と親戚に、なんてなんとも沖田の喜びそうなことだ。沖田がどうの以前に近藤の子の前提から難しい話だったが。
 放っておいたらあまりにも話が大きくなりそうだったので土方は一応釘を刺しておいた。
「……アイツはベータだよ」
「えっそうなの? まあそしたら普通に結婚すればいいもんな。でも総悟はすごいな。ベータなのにアルファの連中が歯が立たないって」
「……ああ、本当にな」
 土方は苦虫を噛み潰したような顔をしてそう言った。本当にすごいのだ。肉体的にも不利であるオメガの身で、アルファと肩を並べてその先を行っている沖田が。その裏でどれほどの努力が必要だったかを知っているのは土方だけだった。その真実を一番の友に伝えたくて仕方がなかった。
 近藤が沖田のバースを知って、それで態度を変えるはずがないのだ。今まで頑張っていたのだときっと褒めるだろう。
 それでも約束を反故にして土方から近藤に言うことはできなかった。

 感情に浸っていると山崎が慌てた様子で部屋に飛び込んできた。
「局長! 副長! 立て籠り事件が発生してます!」
「立て籠り事件だと?」
 慌てて部屋のテレビをつけるともう中継のニュースになっていた。江戸のオメガのヒート専門施設にて大勢の浪士たちが立て籠ったという。将軍の首を寄越さない限り施設内のオメガを片っ端から犯すのいう下劣な反抗声明まで出ていた。明らかに抵抗できないものを狙った犯行にキャスターが怒りあらわに報道をしている。
「トシ? どうした、真っ青だぞ」
「総悟が、ここにいる……と思う」
 江戸に施設はいくつかあるが、報道に映っているのは昨日沖田を送って行ったばかりの建物だった。
「極秘任務ってこのことだったのか、トシは流石だな」
「沖田隊長がいるなら安心ですね」
 部屋を包む緊張感が一気に和らいだ。焦っているのは土方のみ。それはそうなのだ。沖田がオメガであることを知っているのも、患者として帯刀もせずにそこにいることを知っているのも土方だけなのだから。
 このままではもちろんいけないが、迂闊に踏み込めば沖田の秘密が暴かれてしまう。土方はどうしていいのか分からずに頭を抱えた。
 その時土方のポケットから呼び出し音が鳴り出した。取り出して携帯の画面をを見ると話題の人物の名が表示されていた。
「総悟だ……」
 その一言で部屋は一瞬で静かになった。
 震える指で、祈るように通話ボタンを押すと、沖田の声で名前を呼ばれる。
「土方さん」
 声を潜めている様子から沖田は隠れて通話をしていることが窺える。極力喋らせないように土方から情報を開示した。
「立て籠り事件のことは知ってる。無事か?」
 土方は沖田のことしか心配していなかったが、沖田の方が冷静だった。
「人質は今のところ全員無事でさぁ。一階の食堂に全員集めてやす。犯人は五十人くらいの組織で、朱雀とか玄武とかコードネームで呼び合ってやす。ボスは五十歳くらいの男で、俺より少し大きくてガタイもいい。目立った傷跡や訛りはなし。それから――」
 沖田は早口で情報をつらつらと羅列する。これではまるで本当に潜入捜査でもさせていたようだ。
「総悟、大丈夫なのかその……お前は」
 ヒートの状態を聞きたかったのだが近藤たちの前で単語がだせず曖昧な聞き方になった。それでも沖田には伝わったようだ。
「まぁできるとこまでは俺がやりやすんで、後はよろしくお願いします、副長」
「おい総悟!」
「土方さんの声、ヒート中に聞くと結構クるんでもう切りやす」
 そう言って本当に通話は切れてしまった。
 
 沖田の情報から立て籠り事件を起こした犯人たちの素性を洗ったところ、アルファが二十人はいる組織だった。対するは身動きの取れないオメガの人間だらけ。ヒートを起こしたら流石の沖田でも絶望的だ。
 大人しく逃げてくれていればいいが、沖田の性格上それはない。襲われる女子供が居たら真っ先にその身を犠牲にしてでも助けようとするだろう。
 土方が沖田のバース性を知ったとき、手術をすると言った沖田を土方は止めた。まだ十代の子がそんな選択をするべきではないと思ったからだ。真選組しか知らない沖田が色々なことに触れて、もしかしたらくる番との出会いで後悔することがあってはならないのだと。
 その選択が土方の肩にズシリとのしかかってくる。もしかしたらなんて未来の前に、現実的なことに向き合わなくてはいけなかったのだ。
「総悟……」
 蹂躙され、妊娠させられ、心身共に傷つけられるかもしれない。強制的にうなじを噛まれて番にさせられてしまうかもしれない。
 そんなことになるくらいだったら手術を選んでおいた方がよかった。自分の選択ミスを悔やみながらも土方は指示を飛ばした。まずは沖田を救出することが優先だったからだ。

 ◇

 情報を揃えて現場に駆けつけると入居者の家族たちが泣き叫んでいるちょっとした地獄が繰り広げられていた。
 くるのが遅いだの、役立たずだの罵られて、大切な人だから助けてくれと懇願される。
「うるせぇよ……」
 それはこっちのセリフなんだと土方は八つ当たりしたい気持ちでいっぱいだった。お前たちの家族のために、俺たちの家族より大切な沖田が一番危険な場所にいるのだと。もちろん悪いのは犯人たちであり、市民には関係ない。関係ないのはわかっているのに土方はどうしても冷静にはなれそうになかった。
 自己申告でアルファの隊員は土方を除いて外の包囲に回って貰い、残りで突入をする。アルファは立ち入り禁止の施設だったが土方は沖田の施設探しの際に資料を見ているので間取りを知っている。
 迷わず食堂へ向かうが廊下はシンと静まり返っており人気もない。斬り込み隊長不在の突入で土方が先頭に立っていたが、斬り込む相手もなかった。
 食堂に駆け込むと人質たちがワッと喜びの声を上げた。驚くべきことに犯人たちは一人残らずお縄にかかっている。こんなことができるのは当然一人しか居ないはずだが肝心のその一人が見当たらない。
「総悟!」
 ヒート中のオメガばかりが集められた食堂は土方にとって毒だ。余裕なく沖田の名を呼びつけると顔見知りの職員が土方に恐る恐る声をかけてきた。
「あの、沖田さんなら全員縛り上げたあと逃げた一人を追って二階へ行きました」
「すまん、礼を言う」
 食堂は近藤に任せ土方は二階へと駆け上がる。二階は入居者の過ごす個室が連なっており、部屋数が多い。だが声を上げて探す必要はなかった。
「総悟……」
 むせ返るような強い匂いだった。食堂に集まっていた沢山のオメガより強く感じるのはこれを発しているのが沖田だからだろうか。
 土方はヒート中の沖田に会ったことはなかった。匂いの方向に進むたびに足が重くなる。強いヒートだ。こんな状態の沖田が逃げた一人の敵とまともに対峙できるはずもない。
 絶望的な気持ちになりながらも土方は進むしかなかった。急ぎたいのにアルファの土方は、少しずつフェロモンに慣れながら進まないと自我が保てないことを直感していた。
 抱きたい、抱きたい、総悟を。そんな状況ではないのにそんな気持ちになってしまう自分に嫌気が差した。
 やっとのことで最奥の個室の前にたどり着くと中からははぁはぁと荒い息づかいが聞こえてきた。
(やっぱり間に合わなかったのか……)
 こんなにも不利な状態で人質を全員守って、一般人の被害がなかったというのに。土方にとって一番大切なものだけが失われてしまった。
「土方さん……?」
 中から沖田の声が聞こえ、土方は我に返って慌てて戸を開けた。より強くなるフェロモンに混じって血の匂いがした。みれば死体が転がっておりその傍らで刀を支えに座り込んでいる沖田がいた。沖田の刀ではないので相手から奪い取ったものだろう。
「総悟……!」
「おせェんですよ。全部片付けちゃいやした。……すいやせん、余裕なくてコイツが頭なのに生捕りは無理でした」
 肩で息をしながら沖田はそう報告する。ただ土方にとっては、最悪の状況でないのであればそんなことは些末なことだった。まさかこんなヒートの状態で返り討ちにできるとは思ってもいなかった。開けた戸に体重を預けて気持ちを落ち着かせながら聞く。
「かまわん、お前は無事か?」
「ヘィ、まぁなんとか。……ただヒートに加えて血にも当てられて限界でさ」
 土方は駆け寄りたかったが、それを理性で食い止めながら問いかける。
「俺は……どうしたらいい?」
 なんとも間抜けな質問だ。本来であれば職員を呼んで介抱させるべきだろう。この状態の沖田にとってはアルファの土方がこの場にいること自体が毒だった。だが土方にはある直感があり、それで聞いた。沖田も同じ気持ちだったのだろう。
「あり? 土方さん、運命の番とか信じてないんで?」
 それが答えだった。
 駆け出し強く抱きしめる。心地よい香りに脳がフラフラする。
「土方さん、土方さん、土方さん!」
 沖田はヒートで自制心が弱くなっているのか普段は言わないようなことを言う。怖かった、本当は心細かったのだと震える身体のなんて小さなことか。
「怖かったのはこっちのセリフだ。お前一人で逃げてくれりゃ安心だったのに、心配かけやがって……」
 でも沖田はそうはしない。気高く筋の通った侍だから。そんな沖田を土方は好いているのだから。
「無事でよかった……」
 そう言って最後の理性を振り絞って土方は山崎に電話をかける。
「総悟も無事だ。だがちっと急用ができたから先に撤収しといてくれ。ああ……近藤さんの指示に従ってくれ」
 電話を切ると沖田は土方を見上げてねだる。
「ひじかたさん……はやく……」
「わかってる……だがここじゃ嫌だろ」
 なにせ斬りたてほやほやの死体が転がっているのだ。土方は沖田を抱えて立ち上がる。隣の部屋に移って扉と鍵を閉めた。
 ヒート中のオメガに最適化された部屋には窓がない。稀にアルファを求めて身投げするオメガがいるからだと説明があった。基本的には一人で過ごせるように食事を受け取る小窓が廊下側の壁にあり、こまった時に職員を呼ぶためのナースコールが各所に設置されている。冷蔵庫やテレビと言った家電も備え付けてあり、同じ室内にトイレやシャワー室まで揃っている。そしてベッドがあった。
 沖田をベッドに寝かせて、土方はその傍らに腰かける。
「……いいんだな」
 それは最後の確認だった。
「いいっていってんだろィ」
 沖田はそう答えて両腕を広げる。土方はその中に身体を滑り込ませて強く抱きしめる。
 抱きしめた手を動かしながら、覆いかぶさる形で口付けた。初めてのキスだったのに、深いものになってしまった。
「総悟」
 口と口を重ねるだけなのにとにかく興奮していた。舌を絡めると沖田は恐る恐るそれに応えていた。
 赦しがあるのをいいことに上顎の裏や歯茎を舌で愛撫する。
「んぁ……、やあ……」
 土方は時間が惜しくて口づけしながら帯を解いた。部屋着用の簡易な着物は簡単に綻んでいく。
「土方さんも……服、じゃまで……さ」
 涙目になりながら沖田も土方の隊服のスカーフを抜いた。無意識にそのスカーフを大切そうに抱きしめて匂いを嗅いでいる。
「お前……それは反則だろ……」
「なにが、です?」
「……タチ悪りぃなホント」
 土方は隊服の上着のシャツを脱いで再び沖田にかぶさった。素肌と素肌が触れ合って気持ちがよかった。
 飽きもせずまた口付けながら上半身を撫で回し、胸元のとっかかりで手を止める。
「ヤっ! 土方さんっ!」
「開発してないのにいいのか?」
「わかんねぇ……なんかゾワゾワしやす」
 ふうんと言いながら土方はそこを舌で刺激する。
「んっ、これ、そこが気持ちいいんじゃなくて、多分土方さんに触られてるから、ダメ……」
「お前もう黙っとけ」
 ただでさえフェロモンに当てられて限界なのに、煽られてばかりだった。
「やっ、あっあっ、」
「一回イっとけ……」
 乳首を愛撫しながら手探りで沖田の熱をつかむとはち切れんばかりに立ち上がっている。それを優しく何度か扱くとあっという間に果てた。
「あああああッ!!」
 ビュッっと飛び出てきた白濁を見て土方は満足気に笑った。そのまま指を今度は後ろへと進めると、穴は愛液でトロトロになって土方の到着を待ち侘びていた。
「んっ……」
「総悟、お前のここすごいことになってんぞ」
 濡れて欲しがっているくせに指一本差し込もうとしても抵抗がすごい。
「おい、力抜け」
「む、り……わかんねぇ……」
 本能的には欲しがっているが、未経験の身体がついていかないのだろう。
「そうご」
 土方は沖田の耳元で名前を囁き、ベロリと耳を舐める。
「ふっ、う、ン……! あっ!」
 ビクンと身体が跳ねてその瞬間にずるりと指が中に入った。入って仕舞えばこっちのものだった。
 男と、オメガとするのは土方も初めてだったが中を丁寧に探って沖田のイイところを探っていく。一際反応が良かったところを重点的に刺激してやり、一本ずつ指を増やしていく。やがて沖田は指を三本中に飲み込んでヨガっていた。
 沖田の準備が整ったところで土方は身体を起こして施設の備品に手を伸ばした。オメガの施設だけあってベット脇の引き出しには色々な設備があった。もう既に必要ないほど濡れているためローションは使わず、コンドームだけ拝借する。
 着たままだったズボンのベルトを抜いて床に落とす。腹につくほど反り上がっている自身へゴムを装着して、ベッドへ戻る。
「最初は後ろからの方が負担がねぇそうだ」
 そう言って沖田をうつ伏せにして、ベッドと腹の間に無造作に枕を詰め込み腰を浮かす。
「土方さん……この格好、恥ずかしい……」
「……これからもっと恥ずかしいことするんだよ、俺もお前も」
 沖田の蜜壺に準備の整った楔をあてがうと、そのまま一気に貫いた。
「ヤ、アアアァァ――!!」
 指とは違う質量を押し込まれて沖田は悲鳴を上げた。しかしその声色は痛みではなく歓喜だった。アルファを受け入れたことを身体が歓迎している。
「ン、んンっ、あっ! あッ、んん!!」
 ガツガツと揺さぶられるたびに全身が泡立つかのような快感が押し寄せる。
 気持ちがいいのは土方もだった。トロトロになって受け入れている沖田に完全に酔ってしまって何回も何回も腰を強く打ちつける。しばらく腰をふり続けふと視線をあげると沖田の白いうなじが目に入った。土方は今まで番が欲しいと思ったことはなかったのにどうしても噛んで自分のものにしてしまいたかった。首筋をペロリと舐めると身じろぎをしながらも抵抗はない。
「んっ……」
「なぁ、総悟。噛むぞ」
 問いかけではなく事前連絡だった。沖田が嫌だと言ってももうやめてやるつもりはないのだ。その証拠に返事を聞く前に噛みついていた。
「あああああ……うそ、土方さんっ、うそ!」
 番の契約をすると急激に身体が番のために変化する。混乱した沖田はただただ手元のスカーフを強く握りしめて耐えている。
「きっつ……」
 食いちぎらんばかりに中を締め付けられ土方も痛かったが、それでも必死に沖田を抱きしめて彼を落ち着かせようと試みた。
「土方さんとめねぇで、きもちよくして……」
 沖田はイヤイヤと首を横に振って腰を突き出してくる。
「もうめちゃくちゃだな……」
 搾り取られそうになるのを堪えて沖田のイイところを刺激してやると、沖田も限界を口にした。
「アっ、あっ……土方さん、奥、奥に直接欲しい……」
 土方にとって願ってもないような誘惑だった。しかし流石に頷くことはできない。番の子種を欲するのはオメガの本能のようなものだ。
「俺だってそうしてぇよ」
 でも流石にそれは今できない。土方はそのまま強く腰を揺さぶってゴム越しに射精した。
「ふっ! あぁ……!!」
 中でビクンビクンと動く雄を感じて沖田もまた精を吐き出した。

 土方は一旦沖田から離れ、中に出さなかったことについて補足をする。
「ハタチになって、ヒートじゃない時に気持ちが変わらなかったらくれてやる」
 今中に出してしまったら、ヒート後の沖田に殺されるのが目に見えている。土方の言葉に沖田は笑った。
「……そういや、前にも似たような話しやしたね」
 三年前の、沖田がオメガだと知ったときのことだ。
「ああ……手術しなくてよかっただろうが」
 あの時流石の土方もまさか相手が自分になるとは思っていなかったが。子供のことは置いとくとしても、こうして番になれたことが幸福に思えていた。
「手術してもしなくても……きっと土方さんとこうしたかったとは思いやすよ。だって一人でする時に思い浮かぶのはアンタのことばっかりなんでさァ」
「そういうことはもっと早く言え、バカやろう」
 沖田はいったい何度、土方を想ってこの部屋で一人で耐えていたのだろうか。
「土方さん……もう一回、してくだせェ」
「ああ、お前が治まるまでずっとしてやるよ」

 ◇

 結局番になった後、沖田は三日間土方を離さなかった。流石に色々そのままには出来ず沖田が気絶したように寝た瞬間に各所に連絡をした。近藤にはどうしても戻れないこと、理由は帰ってから説明することを告げた。そして事件があって混乱極めている施設で事に及び続けるのは流石に無理があるため、近くの組で契約しているレンタルスペースへ移動した。監察が寝泊まりすることもある場所のため一通りの設備はある。施設の好意でゴムやローションは持たせて貰えたので食事だけ合間を縫って出前を取った。

 ヒートがすっかり引いた四日目の朝、クタクタになった沖田は頭を抱えて呟いた。
「……帰りたくないでさ」
 彼は土方との蜜月の名残を惜しんでいるのではない。
「俺だって気まずいわ……」
 元々沖田は不在の予定だったので影響は少ないが、突然の土方の休暇。近藤には後で説明すると言ったきりだ。沖田がオメガであることすら伏せていたというのに、突然番になったと報告したらどんな騒ぎになるのか想像もつかない。
 番になった以上は今までのように沖田のヒートの期間施設に、などということはしたくはない。しかし幹部の二人が同時に抜けるとなるともはや説明するしかないのだ。
 説明してしまうと、今まで三日間ずっとセックスしてました! と宣言するのも同義のためなんとも気恥ずかしい。
「お前はまだいいよ、俺ぁ近藤さんに殴られるかもしれねぇ……」
 ムラムラは二十歳越えてからが持論の近藤だ。悪友であり弟のように、息子のように可愛がっていた沖田を抱いた上に有無を言わさず番にしてしまったとなれば当然土方を詰めるだろう。
「へへっざまーみろ土方このやろー」
「それ運命の番に言うセリフか?」
「セックスは同意してやしたが、番になっていいなんて言ってやせんでしたぜィ。人生にかかわること決めるのは二十越えてからとか言って手術反対した土方さんが、俺の人生勝手に決めるとは思ってやせんでした」
 それを言われると土方は沖田にも頭を下げるしかなかった。しかし口ではそんなことを言いながらも沖田は嬉しそうに首筋の噛み跡に触れていた。

「沖田隊長、最近絶好調ですね。やっぱ愛の力ですか?」
 近藤に全ての説明が済んで、それから土方と沖田のことは真選組全体に公表された。最初こそ戸惑っていた隊員たちだったがあまりにも二人がいつも通りだったためすぐに慣れた。ただ沖田はというと、剣の腕が更に上がったことが傍目でもわかるほど変化していた。
 茶化すつもりで問いかけた山崎に沖田は嬉々として答えた。
「抑制剤がいらなくなったんで、副作用がなくなって身体が軽くなったんでィ! こんなことなら早くあのヤローと番になっとけばよかったぜィ!!」
 三ヶ月に一度。二人が揃って休暇を取る以外、本当にいつも通りだった。

END

==========
自分で書くのは血の気の多い受けが好きなのでα×αを妄想しがちなのですが、攻めが助けに来たら時すでに遅しだったEND(※受けが自力で解決済み)も良いなと思ったら気が付いたら一本できていました。